大正12年9月1日、未曽有の災害をもたらした関東大震災によって、築地本願寺も本堂が類焼するなどの被害を受けました。そのため、築地本願寺境内にありました多数の墓地を移転する必要にせまられ、当時豊多摩郡和田堀の大蔵省管轄陸軍省火薬庫跡1万2千坪の払い下げを受け、昭和9年の冬には築地本願寺の仮本堂を移築し、ここに和田堀廟所が建立されました。 武蔵野の面影を留める玉川上水路には水青く小鳥がさえずる自然公園墓地として、和田堀廟所は参拝する人々の心に深い感銘を与えてきました。 昭和20年5月25日、太平洋戦争の東京大空襲によって本堂をはじめことごとく焼失してしまいましたが、廟所にご縁を持たれる門信徒の皆様のお布施や懇ろな志などにより、昭和28年10月11日、本堂が再建、入仏法要が慶びのうちに勤められ現在に至っております。 和田堀廟所は歌人九條武子夫人や作家樋口一葉女史、第61〜63代内閣総理大臣佐藤栄作氏、歌謡曲の生みの親古賀雅夫氏をはじめとする著名な文化人の墓所としても有名で、その方々を偲んで多くの参拝者が来所されております。そして、春には名所となった桜並木を彩るソメイヨシノが満開に咲き誇り、参拝される人々の心を和ませています。
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